3/11は身内の誕生日だった
でも去年からは もうひとつの意味が加わった
生まれて来た命を喜ぶ気持ちと先に逝ってしまった命を忘れない気持ちと
毎年繰り返し思い出して生きて行こうと思う
今日と言う日を忘れない
5か月もたつのに、いまだに他県から
「ボランティアツアー」なるもので
無償奉仕の若者がなだれこんできます。
ツアー参加費は旅行会社に入り、
善意の若者は自腹で何かを学んで帰り、
地元の失業者には仕事がまわらない。うまく言えないのですが、
「なにかがおかしい」という思いが日に日に増してくるのです。これは、少なくとも私のまわりでは4月頃からささやかれていました。
「おれたちを使ってくれたらいちばんいいのに!」と。
でも、善意のかたまりのような人たちが
無償で汗を流して助けてくれるのを目の前になにも言えません。この人たちの、心底純粋な人助けには感謝しています。
しかし有名なボラ組織の上層部に私たちの本音は見えていないでしょう。「東北人の底力」「着実に復興に向かって」「ひとつになろう」
などと美しい言葉に私たちは酔えないのです。仕事がほしい、それだけです。
つぶやきかさこ : ボランティアが被災者の自立を阻害する?!~震災5ヵ月後のボランティアのあり方を問う (via clione)
田畑のゴミ拾いならおばさんや年寄りにもできます。
自給600円でもやるでしょう。その日の食費だけでもいいのです。
自分で稼ぐことは、社会参加と自立への第一歩なんです。(via sugitaro)
261 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/31(金) 08:46:18.10 ID:rT1aWlBi0
第二次大戦が終わり、私は多くの日本の兵士が帰国して来る復員の事務についていた、
ある暑い日の出来事でした。
私は、毎日毎日訪ねて来る留守家族の人々に、
貴方の息子さんは、ご主人は亡くなった、死んだ、死んだ、死んだと伝える苦しい仕事をしていました。
留守家族の多くの人は、ほとんどやせおとろえ、ボロに等しい服装の人が多かった。
ある時、ふと気がつくと、私の机から頭だけ見えるくらいの少女が、チョコンと立って、
私の顔をマジ、マジと見つめていた。
「あたし、小学校二年生なの。おとうちゃんは、フィリピンに行ったの。
おとうちゃんの名は、○○○○なの。いえには、おじいちゃんと、おばあちゃんがいるけど、
たべものがわるいので、びょうきして、ねているの。
それで、それで、わたしに、この手紙をもって、
おとうちゃんのことをきいておいでというので、あたし、きたの」
顔中に汗をしたたらせて、一息にこれだけいうと、大きく肩で息をした。
私はだまって机の上に差し出した小さい手から葉書を見ると、
復員局からの通知書があった。
住所は、東京都の中野であった。
私は帳簿をめくって、氏名のところを見ると、比島のルソンのバギオで、戦死になっていた。
「あなたのお父さんは—-」
といいかけて、私は少女の顔を見た。
やせた、まっ黒な顔、伸びたオカッパの下に切れ長の眼を、一杯に開いて、
私のくちびるをみつめていた。私は、少女に答えねばならぬ。答えねばならぬと体の中に走る戦慄を精一杯おさえて、どんな声で答えたかわからない。
「あなたのお父さんは、戦死しておられるのです」
といって、声がつづかなくなった。
瞬間少女は、一杯に開いた眼を更にパッと開き、そして、わっと、べそをかきそうになった。
涙が、眼一ぱいにあふれそうになるのを必死にこらえていた。
それを見ている内に、私の眼が、涙にあふれて、ほほをつたわりはじめた。
私の方が声をあげて泣きたくなった。
しかし、少女は、「あたし、おじいちゃまからいわれて来たの。おとうちゃまが、戦死していたら、
係のおじちゃまに、おとうちゃまの戦死したところと、戦死した、じょうきょう、じょうきょうですね、
それを、かいて、もらっておいで、といわれたの」
私はだまって、うなずいて、紙を出して、書こうとして、うつむいた瞬間、
紙の上にポタ、ポタ、涙が落ちて、書けなくなった。
少女は、不思議そうに、私の顔をみつめていたのに困った。
やっと、書き終わって、封筒に入れ、少女に渡すと、
小さい手で、ポケットに大切にしまいこんで、腕で押さえて、うなだれた。
涙一滴、落とさず、一声も声をあげなかった。
肩に手をやって、何かいおうと思い、顔をのぞき込むと、
下くちびるを血がでるようにかみしめて、カッ眼を開いて肩で息をしていた。
私は、声を呑んで、しばらくして、
「おひとりで、帰れるの」と聞いた。
少女は、私の顔をみつめて、
「あたし、おじいちゃまに、いわれたの、泣いては、いけないって。
おじいちゃまから、おばあちゃまから電車賃をもらって、電車を教えてもらったの。
だから、ゆけるね、となんども、なんども、いわれたの」
と、あらためて、じぶんにいいきかせるように、こっくりと、私にうなずいてみせた。
私は、体中が熱くなってしまった。
帰る途中で、私に話した。
「あたし、いもうとが二人いるのよ。おかあさんも、しんだの。
だから、あたしが、しっかりしなくては、ならないんだって。あたしは、泣いてはいけないんだって」
と、小さい手をひく私の手に、何度も何度も、いう言葉だけが、私の頭の中をぐるぐる廻っていた。ベア速 涙がでちゃうコピペ (via biccchi) (via shayol, yaruo)
2008-11-12
(via gkojax-text) (via yaruo)
戦争反対
(via kotoripiyopiyo)
Update on Zora’s Case
The SPCA is not going to be taking away the girls horses (16 left) because even though the autopsy showed signs of starvation, they can’t prove if it was neglect or lack of education. Those people have had horses for many years..
I had a feeling that was going to happen, but I was still trying to keep hope.
Zora died in vain.
155 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール議論中:2008/12/04(木) 02:50:08.89 ID:pUJ3N2QT0
「絶対、そこら辺に捨てるなよ」って発言には非常に重みを感じた
飼えなくなった生き物を水族館に押し付けてくる家庭とかは無いのかな?
»155
飼えなくなった生き物の持ち込みは、すごく多いです。
絶対引き受けません。一度飼ったからには責任をとる必要があります。
水族館に押し付けてそれで良いことをしたと思われては堪りません。
どうしても手放すなら、自分で殺していただきます。
できないなら、私たちが殺します。見ていていただきます。
計画性も無しに飼った生き物がどうなるか、しっかり見ていただきます。
161 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール議論中:2008/12/04(木) 03:02:56.76 ID:pUJ3N2QT0
やっぱり持ち込みあるのか
保健所とかでも平気で持ってくる人たちがいるらしいしね
一つの生命を包括的に支配するんだもんなぁ・・・
辛い話で、なんか自分が泣きそうなんだけどw
「殺します」って言った場合に持ち込んだ人たちはどういう反応するの・・・?
»161
そういう話をすると怒り狂うことが多いですね。
なにせ、
「自分のうちで狭くなった水槽で飼うより、水族館の広い水槽に移して あ げ る んだ」、
「水族館は手に入りにくい大きな立派な個体を寄贈して も ら え る んだから喜ぶべきだ}って
態度ですから。いや、時々喉から手が出るほど欲しい個体もいますよ。
でも、一個体でも貰っちゃったら、あとは展示する
あてもない生物を山ほど抱えることになりますし。
何より、可愛い時期だけ飼って後は水族館へって風潮ができちゃったら困ります。毎回数時間押し問答です。
聞いた話ですが、うっかり受け取っちゃったところの話で、
「ウチの子の様子見に来ました」って何度もタダで入ろうとしたとか。水族館の飼育係だけど質問ある? 働くモノニュース : 人生VIP職人ブログwww (via gkojax)
2008-12-06 (via gkojay) (via gkojax) (via selfish009) (via rpm99) (via ritchantaiin, petapeta)2009-10-05
(via gkojax-text) (via yaruo) (via nakakzs)
(via toronei) (via bgnori) (via g616blackheart) (via crakka)
(via sugitaro)
昨日描いたかのように斬新な浮世絵 - 歌川国芳
http://japan.digitaldj-network.com/archives/51535165.html